2012年6月14日木曜日

「一物一価の原則」とスケールメリット 【国境が事実上無くなり、世界が競争相手に】

輸送手段の発達とインターネット等の普及による情報網の発展によって、世界は狭くなり、国境は限りなく低くなりました。今までは情報の非対称性のもとに一つのものにいくつも値段がついていて、同じ商品でも地域が異なると全然値段が違うと言う事がありました。これをぶっ壊したのがインターネットの功績であり、楽天やアマゾンなどの仮想店舗の台頭である事は言うまでもありません。

私は、以前、日本でもむっちゃ僻地に住んでいたことがあり、本を買いに行くのに、片道一時間近くをかけて買いにいくこともありました。最寄のコンビニも車で20分ぐらいかかるようなところで、本当に便利な日本にあって、かなり不便なところにいました。そんなところにいても、アマゾンで、クリックして本を買ったら、場合によっては、次の日に届くという芸当ができたので、本当に驚きました。はじめは、ガソリン代や街まで出る時間のコストを考えたら「嘘だろう?」と言う感覚すら持ちましたが、これがいろんな分野で一気に広まったものですから、既存の小売はたまったものではありません。おまけに、大店法の改正によってイオンやイトーヨーカ堂のような大規模小売店が馬鹿みたいにできて、駅前の商店街は一気に潰れ、シャッター街になってしまいました。薄利多売のビジネスモデルって言うのは、外食のチェーン店や衣料品のユニクロ、しまむら、そしてジーンズメイトのようなところでもおこり、パチンコ屋でも、マルハンのような250店舗を超えるようなチェーンを持つようなところが出てきており、スーパーでも1兆円企業が珍しくなくなり、パチンコでもマルハンやダイナムのように大台を超える企業もでてきました。

「金太郎飴型のビジネスモデル」であるチェーン店は、デニーズやガストにたまっていたこともある人間として、私の学生時代だけでなく、社会人時代の貴重な思い出を作ってくれた場所でもありますが、今の時代は、さすがに行きすぎだろ?とすら思っています。気付いたら、どこの地方へ行っても同じ景色で、東京に本社のある資本が同じような店を出しています。薄利多売型のこれらのチェーン店が、日本の雇用を大きく破壊したのと同時に、少数の大金持ちを生み出したことの片棒を担いでいるのは間違いありません。

一方で、日本と言うミクロの面からではなく、マクロの面で見てみると、同じような変化が世界でも進んでおり、冒頭で述べた輸送手段やインターネットの普及によって世界中に情報を発信でき、商品も発送できるようになったことから「世界中が顧客になった」と言えます。しかし、これは「世界中が競争相手になった」とも言い換える事が出来、自分がインターネットを駆使して、世界に情報を発信できるから、ラッキーと思っている反面、より競争相手が出てきて、スケールメリットを駆使されたら、ひとたまりもありません。それは、ネットの世界が、基本は、検索エンジンで「Yahoo」と「Google」以外、殆ど誰も使っていないように、ナンバーワンとツーまでしか生き残れないような世界になってしまったからです。いわゆる「Winner takes all」「The first eat slow」の世界です。

世界と言う面で見るとまだまだ不均衡がたくさんありますが、リカードの言う「比較優位説」によって、賃金の格差は少なくなり、貿易と為替によって、いわゆる裁定取引が働き購買力平価は均衡されていくと思っています。これは、国の関税や政治の体制によっても、それぞれプレミアが上乗せされますが、基本的には、昨日の日記でも書いたように「水は高きより低きに流れ」る流れは基本的に変わりないと思います。そうなると、闇市のような特殊な形態を除き、一物一価が割合とはやい段階で完璧とは言わないまでも、それに近い状態になるんじゃないかと思っています。

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